ひとりじゃない


Stage 3


 「う・・・あ・・・ああ・・・」
床に倒れ伏したロックマンは、全身を激しく蝕む苦痛に悶え、呻き声を上げた。
全身の火傷、裂傷、打撲傷が痛々しく、ヘルメットが脱げて黒髪の素顔が露わになっている。
だが何より大きいダメージは、兄弟達が再び悪魔の破壊兵器にされてしまった現実だった。
 「み・・・みんな・・・」
ロックマンは力を振り絞り、震える右手を必死でカットマン達に伸ばした。
しかし兄弟達は誰一人その手を取る事は無く、冷たい機械の目でロックマンを見下ろしている。
そしてロックマンが力尽きて右手を床に落とすと、Dr.ワイリーが愉快そうに笑い声を上げた。
 『ワハハハハハハハッ!!まさしく「あの時」の再現じゃな、小僧!!・・・このくたばり損ないめが・・・今度こそスクラップにしてやるぞ!!』
ダメージで動けないロックマンの背後から、ガッツマンの巨大な右手が伸びる。
 『・・・と言いたい所じゃが』
ガッツマンの右手がロックマンの頭を掴み、高々と吊るし上げる。
 「ぐ・・・あっ・・・」
 『お前に搭載された武器トレースシステム・・・非常に興味深い!お前のボディを分解し、その仕組みを調べてやろう!!・・・そしてそのシステムを搭載した戦闘用ロボットを量産し、我が最大最強のロボット兵団を結成するのじゃ!!』
Dr.ワイリーとロックマンの脳裏に、次々と製造されるロボット兵団の姿が想像される。
凶悪かつ醜いドクロの仮面、重武装で威圧的な巨体を持つが、“心”は持たないロボット兵団。
搭載された武器トレースシステムを駆使し、様々な武器を使い分けて都市を侵攻し、人々を恐怖と絶望のどん底に陥れるロボット兵団。
世界の全てを破壊していくその姿は、Dr.ワイリーにとっては願望、ロックマンには悪夢だった。
 『フッフフフフフ・・・感謝するがいい!!「あの時」はお前を無力、役立たずと捨て置いたが・・・今度はお前の力を存分に役立ててやるぞ!!ワハッ・・・ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!ハァ〜ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ〜〜〜〜〜ッ!!!』
悪魔の如きDr.ワイリーの笑い声が響き渡る中、ロックマンの視界がぼやけていく。
それは「あの時」と同じ、いやそれ以上の絶望感からだった。
 (・・・僕は・・・死ぬのか?このまま誰も助けられずに・・・何も守れずに・・・死んでいくのか・・・)

ポタッ・・・ポタッ・・・

ロックマンの両目から涙が溢れ、頬を伝って床に流れ落ちる。
 (・・・ごめんよ、みんな・・・僕が・・・弱いから・・・)
再び悪魔の破壊兵器に変わり果ててしまった兄弟達に向かって、“心”の中で謝るロックマン。
情けなかった、悔しかった・・・戦う事に恐怖し、逃げてしまった自分自身が。
兄弟達を助ける事も、平和を守る事も出来ず、悪魔の手に堕ちようとしているのだから。
 「・・・涙・・・か。どこまでも人間の真似をしよるわ」
涙を流すロックマンを目の当たりにして、呆れた様に言葉を吐き捨てるDr.ワイリー。
彼にすればロボットが流す涙は、排出された冷却水という程度にしか感じないのかもしれない。
 (結局・・・僕は何も変わってなかったのか・・・けど・・・それで良かったのかもしれないな・・・僕まで変わっちゃったら・・・ライト博士もロールちゃんも悲しむもの・・・)
ロックマンはこの時に初めて、自分を改造した時の二人の気持ちが分かった気がした。
兄弟達に続いて自分まで“心”を失い、冷酷無情な戦闘マシーンに変わってしまったら、二人を悲しみの奥底に沈めてしまう事になっていただろう。
そう考えると最後まで自分の“心”を持ち続け、自分でいられた事を嬉しく思った。
同時にそれが敗因になってしまったとしても、自分の“心”を尊重して改造しないでくれたライト博士に感謝しようと思った。
 『怨むなら己の製作者を・・・ライトを怨め。お前に“心”などという粗悪なプログラムを与えた奴のせいで、お前はこうも苦しめられておるのじゃからなあ!!』
 「・・・僕は・・・ライト博士を怨んでなんか・・・いない・・・」
 『何?』
ロックマンの意外な返事を聞いて、Dr.ワイリーの眉毛がピクッと動いた。
 「博士が僕に“心”を与えてくれたから・・・僕を戦闘用に改造しても“心”は改造しないで残してくれたから・・・僕は僕でいられたんだ・・・」
涙で潤んだロックマンの目に、彼の“心”が感じてきた記憶が次々と映し出される。
自分が誕生した時の事、新たに生まれた妹や弟達と対面した時の事、妹と一緒に家事手伝いをした時の事、弟達や人間の子供達と遊んだ時の事・・・全てが自分の大切な思い出。
そしてそれらの記憶は涙の滴となり、目から溢れて頬を伝い、床に流れ落ちていく。
 「嬉しい事も悲しい事も・・・楽しい事も苦しい事も・・・色んな経験を僕の“心”が感じて・・・みんなと一緒に笑ったり、泣いたり・・・怒って喧嘩した事もあったけど・・・友達が出来て・・・妹や弟達が出来て・・・家族が出来たんだ・・・ライト博士の事だって・・・僕のお父さんなんだって・・・」

ピクッ・・・ピクピクッ・・・

ロックマンの話を聞くDr.ワイリーの眉毛が、不愉快そうに痙攣する。
 「・・・だから・・・僕はライト博士に・・・僕達ロボットに“心”という素敵な宝物をプレゼントしてくれたお父さんに・・・感謝してる・・・」
 『黙れいっ!!』
Dr.ワイリーの怒声に即座に反応し、ガッツマンがロックマンの頭を掴む右手に力を込める。

ミシッ!!ミシミシッ!!

 「あうあああっ!!」
頭蓋のフレームが軋み、その苦痛に目を見開くロックマン。
ヘルメットを装備していない彼の頭は、ガッツマンの握力なら簡単に握り潰せるはずである。
それを敢えてせずに苦しめるのは、マスターであるDr.ワイリーの意志なのだ。
 『・・・たわけた事をぬかしおって!!人間とロボットが父子・・・じゃと!?聞いて呆れるわ!!所詮ロボットは人間が使役する道具にすぎん!!人間とロボットの関係は・・・永遠に主従関係以外はありえんのじゃ!!』
苦しみ悶えるロックマンに向かって、興奮気味にまくしたてるDr.ワイリー。
だがロックマンも苦しみに耐えながら、モニターのDr.ワイリーを見据えて更に言い返す。
 「ライト博士は・・・言ってた・・・人間とロボットは“心”があるから・・・友達になれたんだって・・・“心”は人間とロボットを繋ぐ絆で・・・この世界に生きるみんなを・・・明るい未来に導く希望なんだって・・・僕もそう・・・信じてる・・・」
その言葉を聞いた瞬間、Dr.ワイリーの脳裏にある記憶が蘇った。
それは何十年も昔の若かりし頃、当時は親友だったライト博士と決別した時の記憶だった。

 (ワイリー・・・“心”の無い力は悲劇を生み、やがて破滅の道を進む事になるんだ。お前が追求するロボットの力とは、果たして“心”ある力だと言えるのか・・・?)

 「黙れ・・・」
それまで余裕を漂わせていたDr.ワイリーの顔に、初めて動揺の色が浮かぶ。
更に脳裏に浮かんだライト博士の幻影が、諭す様にDr.ワイリーに語り掛ける。

 (・・・“心”無き力に未来は無い・・・お前はもう既に分かっているはずだ。本当にこのままで良いのか?お前は確かに天才だ・・・しかしその天才が学界にも世間にも認められず、孤独を味わい続けるのは・・・)

 「黙れぇーーーっ!!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れーーーーーっ!!!群れなければ何も出来ん弱者共があっ!!ワシは・・・貴様等とは違う!!天才とは常に孤独・・・いや、孤高たる存在!!天才たるワシは一人でも生きてゆける真の強者なんじゃあっ!!」
興奮状態のDr.ワイリーが絶叫し、同時にガッツマンも更にロックマンの頭を強く握り締める。

ミシミシミシッ・・・!!

 「ああああ・・・うああああ・・・!!」
潰れないギリギリの力で頭を握り締められ、ロックマンの表情が更に苦痛で歪む。
 『苦しめ・・・苦しめっ!!・・・どうじゃ、小僧・・・苦しいじゃろ!!あと一押しすれば、お前の頭はリンゴの様にグシャグシャに潰れるぞ・・・!!その苦しみから解放して欲しかったら・・・ワシに命乞いしろっ!!この偉大なるDr.ワイリーに泣いて謝って、「ごめんなさい、助けて下さい」と許しを請うのじゃっ!!』
苦しみ続けるロックマンに向かって、Dr.ワイリーが屈辱的な降伏を強要する。
しかしすぐに泣き付くと目論んでいたのに、返ってきたのはまたもや意外な答えだった。
 「・・・ぼっ、僕はどうなっても・・・構わない・・・だ、だけどっ・・・みんなは元に戻して・・・くれっ・・・も、もうこれ以上・・・ライト博士やロールちゃんを・・・かっ、悲しませないで・・・」
 『お、お前は・・・自分が助かりたくはないのかっ!?』
 「おっ・・・お願い・・・だからっ・・・!」
 『ぐ・・・ぐぬぬぬ・・・』
思い通りではないロックマンの返事に惑わされ、Dr.ワイリーは明らかに苛立っていた。
このまま本当にロックマンの頭を握り潰して、さっさと終わりにしてしまおうかと考えた。
だが悪魔としての自分がそれを望んでいても、科学者としての自分がそれを許さなかった。
 (いかん、この小僧は貴重な研究材料なのじゃ・・・出来る限り損傷を少なくせねば、肝心の武器トレースシステムを我が物に出来んかもしれんからのう・・・)
 「あああああっ・・・!!みっ、みんなは・・・みんなだけは・・・助けてっ・・・!!」
当のロックマンにすれば、信用出来る相手でなくても聞き入れて欲しい必死の願いだった。
例え自分が死んでも、兄弟達は助けたい・・・それだけ自己犠牲の精神が強く、優しいのだ。
その事を感じ取ったDr.ワイリーは、再び科学者から悪魔に戻って考えた。
 (・・・だが小僧の“心”を・・・ライトが造ったプログラムを、何としても打ち負かしてやらねば・・・ワシのプライドが許さん!!)

ガシャンッ!!

全てが終わったと思った瞬間、ガッツマンが突如としてロックマンの頭を掴む手を放した。
まだ頭が付いているロックマンの体は、力無く落下して床に叩き付けられる。
 「う・・・ううっ・・・」
漸く苦しみから解放されたロックマンは、床に倒れ伏したまま呻き声を上げる。
どうして自分は助かったのかと、理由を考えるだけの余裕などあるはずもなかった。
 『・・・小僧・・・では交換取引といこう』
Dr.ワイリーの声を聞くと同時に、どこからともなくガビョールが床を滑ってきた。
ガビョールはロックマンの目の前に止まると、乗せて運んできた小さな丸いカプセルを落とす。
そしてそのカプセルが割れると、中には「W」の文字が刻まれた小さなICチップが入っていた。
 「・・・これは!」
そのICチップを見たロックマンの表情が、みるみる強張っていく。
それがロボットを洗脳し、悪魔の破壊兵器に変える悪のチップである事を知っていたからだ。




・・・Next Stage・・・


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