ひとりじゃない
Stage 4
『クックックックッ・・・小僧、それが如何なる代物かは・・・既に知っていよう?』 Dr.ワイリーの問い掛けに答えず、無言で悪のチップを見据えるロックマン。 (このチップは・・・カットマン達を操って暴走させた・・・!) ロックマンが初めて悪のチップを見たのは、彼が戦闘用ロボットになり、初戦でカットマンに勝利してライト研究所に戻った時だった。 回収したカットマンのボディをライト博士が調査した結果、見た事の無い正体不明のチップが組み込まれているのが発見されたのだ。 それは後に回収されたエレキマン達からも同様に発見され、その正体がロボットを操って暴走させる悪のチップだと言う事が判明したのである。 『・・・ワシが開発した「ワイリーチップ」には、強力な洗脳プログラムを仕込んである。如何なるロボットもワイリーチップを一枚組み込むだけで、電子頭脳のメインプログラムを洗脳され、ワシの意のままに動く操り人形へと改造されるのじゃ!!・・・そう、お前達の“心”さえもな・・・!!』 悪魔の如き凶悪な笑みを浮かべ、自身の発明品を自賛する様に説明するDr.ワイリー。 その説明を聞いたロックマンは俯き、床に着いた両拳を握り締め、全身を怒りに震わせた。 ダメージにより全身を蝕む苦痛を忘れてしまう程、その怒りは凄まじかった。 (・・・何て酷い事を!!みんなは・・・こんな恐ろしい物を組み込まれて・・・!!) 自分の兄弟達を始め、平和の為に働いていたロボット達がこのワイリーチップを組み込まれ、平和を破壊する悪魔の破壊兵器に改造されてしまったのだ。 そして兄弟達が悪魔の洗脳を受け、苦しむ姿を想像すると、怒りが更に込み上げてきた。 ロボットとしてロボットの為に、この悪魔の暴挙は決して許せない、許してはいけないと思った。 「・・・ま、まさか!?」 だがそこである事に気付き、ロックマンの表情が怒りから動揺に変わった。 目の前に置かれたワイリーチップ、そして「交換取引」の意味がやっと分かったのだ。 『ククククッ!・・・そうじゃ・・・その通りじゃ!お前がそのワイリーチップを己に組み込み、ワシの配下になれば・・・』 カットマン達がロックマンの包囲を解き、Dr.ワイリーが映るモニターの前に並ぶ。 『・・・こ奴らの洗脳を解き、ライトの所に無事返してやろう・・・!!』 交換条件を知って戦慄し、表情がみるみる蒼白していくロックマン。 そして再び無言でワイリーチップを見据える彼を、Dr.ワイリーが面白そうにからかう。 『どうした?何を迷う必要がある?お前はこ奴らを助けたいのじゃろう・・・?これはワシがお前に与えてやった最初で最後の・・・最大のチャンスなのじゃぞ!!』 確かにこれはロックマンにとって最大のチャンスであったが、同時に最大のピンチでもあった。 自分がワイリーチップを自身に組み込めば、兄弟達は元の“心”あるロボットに戻る事が出来る。 だがその瞬間に自分は“心”を失い、悪魔の命令で動く操り人形に改造されてしまうのだ。 そうすれば自分は悪魔の破壊兵器にされ、平和を守る為に得た力を悪用されてしまうだろう。 そして自分が自分でなくなると言う事は、ライト研究所で自分の帰りを待つライト博士やロール、この場にいる兄弟達とも今生の別れになるかもしれないのだ。 (僕がこのチップを組み込めば・・・みんなが助かる!!でも・・・そうすれば・・・) ドクン・・・!ドクン・・・!・・・ 極度の緊張と恐怖で動力炉が高鳴り、冷や汗が顔を伝って床に流れ落ちる。 交換取引に応じるか、それとも拒否するか・・・ロックマンは今、最大の選択を迫られていた。 『お〜い、まだ決まらんのか?ワシは忙しいんじゃ。お前の返事を長々と待つ程、ヒマでは・・・』 Dr.ワイリーが焦らそうと言い掛けた時、ロックマンは俯いていた顔をゆっくりと上げた。 そして取引相手を睨むその表情には、迷いを振り切った決意がはっきりと見て取れた。 『・・・決まった様じゃな』 ニヤリと嬉しそうに笑い、ロックマンを睨み返すDr.ワイリー。 「本当に・・・本当にみんなを元に戻してくれるんだな!?」 『ワシは嘘は言わん!』 信用し難いDr.ワイリーの笑顔を前にして、ロックマンがワイリーチップを右手に掴む。 そして左手で胸部のハッチを開け、右手に摘んだワイリーチップを見せて、決意を表明する。 「・・・分かった!!その代わりにみんなを・・・!!」 『約束しよう』 交換取引に応じる返事を聞いて、Dr.ワイリーの笑顔が更に凶悪に歪む。 そしてロックマンは開いた胸部に向けて、右手のワイリーチップをゆっくりと近付けていく。 ドックン・・・!!ドックン・・・!!・・・ 左胸部で命の鼓動を続ける動力炉が、悪のチップとの距離が縮まるに連れて大きく高鳴る。 隣の右胸部にはその動力炉と連結して、静かに作動する特殊なパーツが見える。 これこそがDr.ワイリーの狙いであり、ロックマン最大の能力である武器トレースシステムだ。 そこにはカットマンの「C」、ガッツマンの「G」、アイスマンの「I」、ボンバーマンの「B」、ファイヤーマンの「F」、エレキマンの「E」と、兄弟達を倒して得た武器チップが組み込まれている。 「古来からの伝承によれば・・・悪魔と契約を結んだ者は、その代価として己の魂を差し出さねばならぬと言うが・・・まるで悪魔にでもなった気分じゃな。ククククク・・・!」 ロックマンの様子を指令室で眺めながら、可笑しそうに小さく笑うDr.ワイリー。 まさしく彼は悪魔の様な契約条件を呑ませ、契約者の魂を消し去ろうとしているのだ。 「・・・みんな・・・僕が操られて暴走したら・・・みんなで僕を壊してね・・・」 目の前に並ぶ兄弟達に向かって哀しそうに微笑み、自身の破壊を願い出るロックマン。 しかし兄弟達は相変わらず無言のまま、“心”の無い機械の目でロックマンを見下ろしている。 そしてロックマンは天井を見上げて目を閉じ、ライト博士とロールに“心”の中で謝った。 (ライト博士・・・ロールちゃん・・・ごめんなさい。でも・・・こうするしかないんです・・・みんなを助ける為に・・・僕は・・・僕は・・・) もし二人がこの場にいたならば、絶対にこんな事は反対しただろうし、是が非でも止めただろう。 それでも自分は兄弟達を助けたい、その為ならば自分を犠牲にしても構わないと考えたのだ。 そう、その決意は「あの時」から・・・彼が家庭用ロボット「ロック」から戦闘用ロボット「ロックマン」に生まれ変わった時からずっと変わっていなかったのだ。 「魂・・・すなわち“心”・・・要らぬは小僧、お前の“心”のみ!!」 ロックマンが自分の操り人形になる瞬間を待ち望み、モニターから目を離さないDr.ワイリー。 そしてロックマンは悪魔の契約に従って、とうとう意を決して悪のチップを自身の動力炉付近のコネクタに差し込んだ。 (・・・さよならっ!!) ドックン!!! その瞬間に激しい動悸が起こり、今まで感じた事の無い異常な衝撃がロックマンを襲った。 「うわああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 激しい絶叫を上げた途端、両膝を床に着いたまま、両手で頭を押さえて苦しむロックマン。 動力炉と繋がったワイリーチップは、まさしく心臓から脳へ送り出される血液の如く、洗脳プログラムというドス黒い悪魔の血をロックマンの電子頭脳に流し込む。 破壊せよ!!破壊せよ!!全てを破壊せよ!! マスターの野望を叶える為に、全てを破壊せよ!! マスターの野望を妨げる障害は、全て破壊せよ!! マスターに歯向かう敵は、全て破壊せよ!! 破壊せよ!!破壊せよ!!全てを破壊せよ!! 「僕は・・・僕はっ・・・うああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 愛する大切な兄弟達を助けたい、人間とロボットが仲良く暮らす平和を守りたいと言う意志。 嬉しい事や楽しい事、哀しい事や苦しい事など色々な事を感じ、笑い、泣き、怒ったりする感情。 この世に誕生してから父や妹、兄弟達、人間の友達と過ごし、様々な事を経験してきた記憶。 自分を形成する“心”が次第に薄れていき、自分が自分でなくなっていくのが分かる。 そして悪魔の命令するがままに動く操り人形に、全てを破壊する悪魔の破壊兵器に改造されていくのが実感出来るのだ。 『ワハハハハハッ!!やったぞ!!これでお前もワシの物じゃ!!』 その様子を眺めていたDr.ワイリーが、実に嬉しそうで凶悪な笑顔を見せる。 『最後に一つ、面白い事を教えてやろう!!こ奴らはオリジナルのデータを元にワシが造ったコピーロボット!!お前が助けたがっておった兄弟機達は、ライトの所にちゃんとおる!!』 バリィッ!! Dr.ワイリーの証言に従い、一斉に自分達の顔を手で破るカットマン達。 その下から現れた本当の素顔は、スナイパージョーの様なモノアイを持つロボットの顔だった。 ロックマンはDr.ワイリーの狡猾な罠にかかり、偽物を本物だと思い込まされていたのだ。 「だ・・・騙し・・・たなっ・・・!」 『騙したとは人聞きの悪い!お前が勝手に騙されとっただけじゃよ!』 真実を知って愕然となるロックマンと、彼を騙した事を悪びれる様子も無いDr.ワイリー。 そしてロックマンは最後の力を振り絞り、ワイリーチップを取り外そうと右手を胸部に伸ばす。 だが電子頭脳に流れ込む洗脳プログラムがそれを許さず、再び頭を押さえて苦しみ悶えた。 「あああっ・・・!!」 『フッフッフッフッ・・・安心せい!!お前の洗脳が完了したら、オリジナルの連中もまたさらって来て洗脳し直してやるわ!!そうすれば、お前達はずっと一緒にいられるぞ・・・寂しくはあるまい?・・・おっと、そうじゃったな。寂しいと思う事も無くなるんじゃったなあ!!ワハハハハッ!!ハァ〜ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!』 「あああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 まさしく悪魔の如きDr.ワイリーの嘲笑と、ロックマンの絶望的な悲鳴が部屋中に響き渡る。 『ロックマン!!どうしたんじゃ!?』 『ロック!!大丈夫!?・・・ロック!!』 ロックマンの傍らに転がっているヘルメットから、ライト博士とロールの声が聞こえてきた。 自動送信された緊急信号を受け取り、心配して通信機に呼び掛けてきたのだ。 「・・・ライト・・・博士・・・ロール・・・ちゃん・・・」 今にも消えそうなか細い声で、まだ消されずに覚えていた二人の名前を呼ぶロックマン。 だが次の瞬間、またしても激しい動悸が彼を襲った。 ドックン!!! 「・・・ギギ・・・ギ・・・マスター・・・ドクターワイリー・・・」 ロックマンの声が感情も意志も感じさせない、まるで機械の様な抑揚の無い声に変わった。 そして見開いた彼の目も、感情や意志を明かす瞳の光が消え、冷たい機械の目に変わった。 「ギ・・・ボクハ・・・ライトナンバーズ・・・ギギ・・・マスターノ・・・メイレイニ・・・シタガウ・・・ギ・・・イヤダ・・・ボクハ・・・ギ・・・スベテヲ・・・ハカイスル・・・ギギ・・・ミンナヲ・・・マモル・・・」 頭を押さえた姿勢のまま全身を震わせ、機械的な声で呆然と独り言を呟くロックマン。 言葉の端々から彼がまだ完全に“心”を失っておらず、洗脳が完了していないのが分かる。 『ほう・・・だいぶ混乱しておるな。まだ“心”とやらが生きておるのか・・・無駄な抵抗はよせ!!素直に洗脳プログラムを受け入れよ!!』 「ギ・・・ギギ・・・ギ・・・」 震えるロックマンの両手が頭から離れ、力無く両腕が垂れ下がった。 『・・・そうじゃ、意志も感情も記憶も・・・何もかも綺麗に忘れて楽になれ・・・お前は“心”を喪失する事によって、完璧な戦闘マシーンへと生まれ変わるのじゃ。痛みや苦しみを感じる事も・・・余計な思考によって恐れや悩みを抱く事も無い・・・ライトナンバーズのロボットでなくなる以上、兄弟機達を愛しむ必要も・・・無論、ライトを父親と慕う必要など全く無い!!』 「ギ・・・ギ・・・イヤダ・・・イヤ・・・ダ・・・ギギ・・・」 『・・・これからはこの偉大なるマスター、Dr.ワイリーの命令を忠実に実行せよ!!この誤った世界を全て破壊し・・・愚かな人間どもを恐怖と絶望のどん底に叩き落とせ!!我が世界征服の野望を叶える為!!ワシを天才と崇める正しき新世界を創造する為に働くのじゃ!!』 「マスターノ・・・ヤボウ・・・セカイセイフク・・・ジッコウ・・・ギ・・・ギ・・・サセ・・・ナ・・・イ・・・」 悪魔の誘惑を拒絶する声が沈黙すると、呆然とした表情のロックマンはガクッと項垂れた。 そして両膝を床に着いた体勢のまま、まさしく魂が抜けた人形の様に動かなくなってしまった。 「洗脳率93パーセント・・・後僅かで完了じゃな。フッフッフッフッ・・・!」 ロックマンの状態と洗脳率を示すメーターを確認し、笑顔がますます凶悪に歪むDr.ワイリー。 キィィィィィン・・・! ハッチが開いたままのロックマンの胸の中で、六枚の武器チップが微かに輝いた。 それに気付かないDr.ワイリーは、宿敵ライト博士に対して堂々と勝利を宣言する。 「・・・ライトよ、見ておるか!?貴様の希望が潰える瞬間を!!・・・そして今度こそ思い知るが良い!!所詮は凡才の貴様が、天才であるこのワシに勝てるはずがないと言う事実をなあ!!その証拠に・・・見よ!!貴様が造った“心”のプログラムはこの通り、我がワイリーチップの洗脳プログラムの前に無残にも敗れ・・・」 カアアアアッ!! Dr.ワイリーが勝利宣言を言い終わる前に、ロックマンの全身が突如として光り輝いた。 「ぬわっ!?な・・・何じゃ!?」 予期せぬ事に驚くDr.ワイリーの目の前で、沈黙したはずのロックマンに変化が起こる。 光り輝く度に本来のボディカラーであるブルー&スカイブルーが、グレー&ホワイト、ブラウン&ホワイト、アクアブルー&ホワイト、グリーン&ホワイト、レッド&イエロー、アッシュグレー&イエロー・・・と、それぞれ6つの武器を装備した時のカラーチェンジを繰り返すのだ。 「・・・武器トレースシステムまで混乱しておるのか・・・それとも最後の抵抗のつもりか?ククク、全く以て哀れな奴よ・・・」 既に己の勝利を信じて疑わないDr.ワイリーは、ロックマンの変化を興味深そうに眺めた。 この変化が収まった時こそ、ロックマンの洗脳が完了し、己の勝利が確定すると考えていた。 だがこの変化の最中、ロックマンの中で奇跡が起きているとは知る由もなかった。 |