ひとりじゃない
Stage 7
(嘘だ・・・嘘だろ、ロック!?そんな・・・そんなあっ!!) ロックの後ろ姿を見上げるカットマンの赤い顔が、血の気が引く様にみるみる蒼白していく。 彼らを囲うエレキマン達五人も、目の前で起こった事実を愕然として見ていた。 (馬鹿な・・・動けるはずがないのに!?) 撃った張本人である黒いロックマンも、それを見て信じられないと言う表情をしていた。 目の前に立ち尽くすもう一人の自分は、大きく広げた両腕を力無く垂らし、ガクッと項垂れる。 (・・・ロック・・・な、何故・・・?) (恐らくロックの“心”に残された“優しさ”が・・・無意識的にカットマンを助けようとしたんだ・・・) エレキマンの言う通り、ロックはカットマンを助けようとしたとしか思えなかった。 感覚も思考も失って動けないはずのロックが、兄弟の危機に動いたのだ。 (・・・あいつは・・・ロックはあんな状態になっても・・・オレ達を助ける為に戦っていたんだ・・・) それまで決して涙を見せようとしなかったエレキマンが、初めて人目を憚らずに涙を流した。 他の兄弟達もデータの分解が始まったロックを見て、ただ泣く事しか出来なかった。 ピシッ・・・ピシピシッ・・・!! 黒い閃光に貫かれた胸を中心にして、ロックの体に入った亀裂が全身に拡がっていく。 (ちぃっ!何が何だか分からないけど・・・これで終わりだあっ!!) 理解出来ない事に不愉快そうに舌打ちし、再びバスターを構える黒いロックマン。 そして全てに終止符を打とうと、最後の一撃をもう一人の自分に向けて撃ち込んだ。 パァン・・・!! ロックは跡形も無く粉砕され、無数の光の粒子となって飛散していった。 それをまざまざと見せ付けられた瞬間、カットマン達六人の“心”は兄弟を助けられなかった絶望感、何も出来なかった無力感に支配された。 (・・・ハ・・・ハハハ・・・やった・・・今度こそやったぞ・・・!) 左腕のバスターが感動に震えると共に、黒いロックマンの表情が嬉しそうに歪んでいく。 (アハハハハハハハハハハッ!!やったあ!!遂にやりましたよ、マスター!!僕はマスターの命令通り、ここのメインプログラムに・・・) (うわあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!) 黒いロックマンの喜ぶ声を遮り、カットマンの悲痛な絶叫が電脳空間中に響き渡る。 (・・・まただ・・・また助けられちまった・・・俺達が助けるはずだったのに・・・俺が守るはずだったのに・・・逆に守ってくれて・・・ロック・・・すまねえ・・・ロック・・・) (ロック・・・ロックゥ〜・・・) (うっ・・・ううっ・・・) (ちくしょう・・・ちくしょ・・・) 絶望感と無力感、そして愛する兄弟を失った悲しみに沈み、泣き崩れるカットマン達。 例えロックの“心”のデータを取り戻しても、彼の“優しさ”が失われてしまった以上、自分達が知り親しんだロックはもう二度と戻ってこないのだから。 ドガッ!! (ぎっ!!) 額を地面に着けて泣いていたカットマンの後頭部を、黒いロックマンの右足が踏み付ける。 (・・・どこまでもうざい奴だね、君は!!空気ってもんが読めないの!?僕は見ての通り、ここのメインプログラムになった・・・ホンモノのロックマンになったんだよ!!それを大音量でうるさく泣いて悲しむなんて・・・君達も僕の兄弟なら、むしろ泣いて喜んで欲しいもんだね!!) ミシミシミシッ・・・!! (がっ・・・ぐぎっ!) (カ・・・カットマ〜ン!!) 兄弟達の見ている前でカットマンの頭を踏み砕かんと、黒い右足に力が入る。 ダメージが大きい上に両腕が無い状態のカットマンでは、その足を振り払う事すら出来ない。 自分の頭が軋む音を聞きながら全身を痙攣させ、遠くなる意識を保つのが精一杯だった。 (・・・まあいいか。どうせ君達ともこれでお別れなんだ・・・「飛んで火に入る夏の虫」って、まさに君達の事を言うんだろうね。どうやってここに侵入したかなんて、もうどうでも良いけど・・・君達にもここで消えて貰うよ!!・・・本当は君達も洗脳したい所なんだけど、残念ながら僕の洗脳プログラムは単体用なんでね・・・でもここで君達の“心”を消し去ってしまえば、後で空っぽになった君達の電子頭脳を洗脳するのも楽だしさ・・・!!) (くっ・・・!) どこまでも悪質な黒いロックマンに対し、怒りと憎しみを感じずにはいられないエレキマン達。 しかし抵抗する事も逃げる事も出来ない今の状態では、その毒牙に掛かるのを待つしかない。 (ククク・・・でもこうやって何かを達成できた喜びを感じるのも悪くないな・・・マスターに“心”のデータを消去して貰うのはやめようかな?そうすれば僕がマスターの野望を叶えてあげられた時に、すっごく幸せな気分になれるだろうし・・・アハハハッ!その時が楽しみだなあ!!キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!) 恐怖と絶望に沈んだ電脳空間の処刑場に、処刑執行者である悪魔の笑い声が響き渡る。 そしてロックに続きカットマンも処刑しようと、右足に最後の力を入れようとしたその時だった。 ジュウウウ・・・!! (ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!) 背中に凄まじい痛みを感じ、黒いロックマンは体を仰け反って絶叫した。 (・・・あ・・・熱い・・・焼けるうっ!!こっ、この痛みはあっ・・・!?) それまでの余裕綽綽な態度が嘘の様に動揺し、突然の痛みに苦しみ出す黒いロックマン。 そんな彼の様子を目撃したガッツマン達も、彼の豹変ぶりには驚かずにはいられなかった。 (な、何だ?あいつ・・・苦しがってるぞ?) (一体、何が起こったんだ・・・?) 死の危機から解放されたカットマンも、何が何だか分からないと言う表情で彼を見上げている。 (・・・ヒッ!?) 不意に自分の上が明るくなったのを感じ、上空を見上げた黒いロックマンは思わず怯んだ。 無数の光の粒子が電脳空間の上空に集まり、自分の全身に向かって降ってきたのだ。 ジュワアアアアッ!! (ヒギャアアアアアアアアアアッ!!痛い・・・痛いぃっ!!) 黒いロックマンは光の粒子を全身に浴び、身を焼くような凄まじい痛みに苦しみ悶えた。 まるで悪魔払いの儀式において、清めの塩を浴びて退治されようとしている悪魔の様に。 (やっ・・・やめろおっ!!出て行けえっ!!僕の中に入ってくるなあっ!!・・・何故なんだ・・・どうしてお前は吸収する事も・・・破壊する事も出来ないんだあっ!!) 両手で頭を抱えて振り回し、誰かに向かって独り言の様に叫ぶ黒いロックマン。 (・・・この光は・・・分解したロックの“優しさ”・・・!?) (おかしいな、あいつは苦しんでるのに・・・オレ達は浴びても何ともないぜ?) (苦しい所か・・・温かい・・・癒される気分だ・・・) 同じ光の粒子を浴びているのに、エレキマン達は何のダメージも受けていない。 むしろこれまでに受けた苦痛を癒し、元気を取り戻させてくれる温かい光だった。 カアアアッ!! そして光の粒子を浴び続けたエレキマン達の身に、またしても信じられない事が起こった。 自分達を拘束していた十字架が分解し、跡形も無く消滅したのだ。 更に解放された彼らの傷も瞬く間に回復し、何事も無かったかの様に全快したのである。 (傷が・・・回復した!?) (うわあっ!!もう全然痛くないよっ!!) 全く同じ光の粒子を浴びても、黒いロックマンとは正反対の効力を得るアイスマン達。 そして彼らと同様に全快し、元に戻った両腕を呆然と眺めているカットマンの所に集まる。 (大丈夫か、カットマン!) (あ・・・ああ・・・) 心配したファイヤーマンが尋ねると、カットマンはまだよく分からないと言う表情で答えた。 そして次々と電脳空間中に拡がり、次々と「W」を消し去っていく光の粒子を見て呟いた。 (凄え・・・これがロックの“優しさ”の力なのか?) (洗脳プログラムを消し去り、オレ達を元通りに回復させる程の力・・・それを覚醒させたのは、カットマン・・・お前かもしれん。お前のロックを思う“優しさ”がロックに伝わり、ロックの“優しさ”はよりパワーアップして目覚めたんだ。お前やオレ達を危機から救う為に・・・) (あっ・・・) エレキマンの推測を聞いた途端、思わず涙の跡が残っている目の下を触ろうとするカットマン。 (ヒギギッ・・・ヒギィッ!!お前達のせいだ・・・やっとの事で封じ込めたのに・・・もう二度と目覚めない様に痛め付けてやったのにっ・・・お前達が封印を解いたせいでえっ・・・!!) 黒いロックマンは苦しそうに喘ぎながら、憎しみの籠った目でカットマン達を睨み付けた。 そして左腕のバスターを彼らに向けた瞬間、またしても激しい苦痛が撃つのを阻止した。 ピシピシピシッ!! (グギイイイイイイイイイイッ!!) 黒いロックマンの全身に亀裂が入り、その亀裂で出来た穴から光が漏れ出す。 それまで彼が発していた絶望の黒い光ではなく、希望を感じさせる明るい光だ。 (何だあ!?) (・・・ヤツの中に入ったロックの“優しさ”が、中からヤツを攻撃しているんだ。そしてヤツに奪われた“心”のデータを取り戻そうとしている・・・) (ええっ!?それじゃあ・・・ロックは・・・!!) (そうだ・・・別れていた“心”のデータが再び一つになれば・・・ロックは復活する!!) 微笑んだエレキマンの状況分析を聞き、アイスマン達も希望を感じて笑顔になる。 (・・・“優しさ”は弱点にしかならない・・・か。確かに戦場においては、その感情が命取りになる事もあるだろう・・・だが何かを守りたい、誰かを助けたいと思う勇気を生み出し、その為に計り知れない力を発揮するのも“優しさ”なんだ・・・) (そっか・・・ロックは平和を守りたい、ボク達を助けたいと思ったから、戦闘用ロボットになる改造を受けて・・・ロックマンになったんだもんね・・・) (そしてその“優しさ”は、強力な洗脳プログラムですら吸収する事も、破壊する事も出来ない程に強かった・・・だから俺達が洗脳された時と同じ様に封印されてしまった・・・) (そこに俺達が現れた事も、俺達が封印を解いた事も、洗脳プログラムにとっては計算外だったってわけか・・・あの野郎、余裕綽々でいやがったが、本当はかなり焦ってたんだな・・・) (ロックにとって“優しさ”は最大の強さだったんだな・・・分かる気がするぜ。仕事でミスしちまって落ち込んでた時、ロックが笑顔で励ましてくれて、また頑張ろうって元気になれたもんな・・・) (ああ・・・それに俺達がここに入ってこれたのも、ロックを助けたいって思った“優しさ”の力なのかもな・・・さっきの俺みたいに・・・って、何だか照れ臭いけどよ。俺はそう信じてえんだ・・・!!) 自身の“優しさ”がロックを救える切っ掛けになった事で、照れ臭そうに笑うカットマン。 そんな彼の言葉に同感し、エレキマン達五人も微笑を浮かべて頷く。 シュウシュウシュウ・・・!! (・・・クッ・・・ククク・・・キャハッ!キャハハハハハハハハハハハハハハハッ!!) 苦痛に悲鳴を上げ続けていた黒いロックマンが、突然狂った様に笑い出した。 それと同時に彼の体から漏れ出していた光が、次第に弱くなって消えそうになる。 (ああっ!!) (残念だったねえ!!どうやら彼は君達を助けるのに力を使い過ぎたみたいだ・・・僕を倒すにはエネルギー不足だな!!相変わらず馬鹿な奴だよ!!余計な世話を焼いたばっかりに、また自分でチャンスを潰すなんてね!!) (ロック!!) (何てこった・・・あと少しだったのに!!) ガッツマン達の見ている前で、黒いロックマンの全身の亀裂が徐々に塞がっていく。 そして微かな光が見える胸を除き、全身の亀裂は完全に塞がってしまった。 (・・・どうだ・・・吸収も破壊も出来なくても・・・弱ってしまえば、こうして僕の中に封じ込める事は出来る・・・こんな危険なデータは、他の“心”のデータと一緒に消去して貰うよ。もう痛い目に合うのも、苦しい思いをするのも御免だからね!!) 黒いロックマンは大きく肩で息をしながら、カットマン達に向かって得意げに言い放つ。 そんな彼に対して呆れた様に溜息をつくと、カットマンは彼を睨み付けて言い返した。 (・・・痛いのも苦しいのも嫌だと来たか・・・やっぱてめぇはロックマンじゃねえな!!ロックはその痛みと苦しみに耐えてロックマンになった!!そして痛くても苦しくても必死に戦い続けてきたんだ!!それが出来るのは、ロックが“優しさ”を持ってるからなんだよ!!だがてめぇはそれから逃げたくて“心”を捨てようとしてる・・・そんなんじゃ絶対ロックマンにはなれねえ!!) カットマンが目で合図すると、エレキマン達五人も無言で頷いて了解する。 (フン・・・負け惜しみかい?忘れたの?君達は僕を絶対に攻撃出来ないって事をね!!何も出来ない君達は、ここで僕に消されるしかない!!僕の勝ちは揺るがないのさ!!) (・・・それはどうかな?オレ達はやっと見付けたよ。ロックの“心”のデータを傷付けず、お前だけを攻撃出来る唯一の方法を・・お前に必ず勝てる方法をな!!) (何?) 勝ち誇る黒いロックマンに対して、エレキマンが自信を持って言い放った。 そしてカットマンを先頭にして、六人が一斉に黒いロックマンに向かって構える。 (てめぇこそ忘れたのか!?オレ達はライト博士が造った“心”のプログラムなんだぜ!!) (ボク達が兄弟だから出来る事・・・それはロックの“心”と一緒になる事だ!!) (俺達の“心”を・・・俺達の“優しさ”を御馳走してやる!!たっぷりと味わえっ!!) ピカッ!! (なっ・・・) カットマン達六人が光り輝いたかと思うと、その“心”が六本の光に変わった。 そして愛する兄弟を助けたいと思う“優しさ”を一つにし、黒いロックマンの胸に残った亀裂から彼の中に入り込んだのだ。 (ロックは俺達が助けるんだ!!) ピシピシピシッ!! (ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!やめろ・・・やめろおおおっ!!) 黒いロックマンの胸を中心にして再び全身に亀裂が入り、中から光が一気に噴き出した。 ロックの“優しさ”がカットマンの“優しさ”と同調してパワーアップした様に、ライトナンバーズの兄弟七人の“優しさ”が一つとなり、強大な力となって悪魔を圧倒する。 (ヒッ・・・ギッ・・・ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!) 悪魔の断末魔の凄まじい絶叫と共に、眩い光が黒いロックマンを中から粉砕する。 (・・・ま・・・負け・・・た・・・こ・・・これが・・・“優しさ”の・・・“心”の・・・力・・・!!) バシュウウウウウウウウウウッ!!! 悪魔の洗脳プログラムは光の中に呑み込まれ、一片も残さず消滅した。 そして別れていた“心”のデータが再び一つになった証に、光が一人の少年の姿を形成する。 (ロック・・・ロック!!さあ、目を覚ませよ!!) 兄弟達の呼び起こす声に反応して、眠り続けていた少年はゆっくりと目を開いた。 |