Get Back The Future
Vol.2
『Dr.ライト製作のロボット全機の廃棄処分が決定!!』 『改めて問われるロボットの安全管理と危険性!!』 『ロボット工学会はDr.ライトの追放処分を発表!!』 ロボット暴走事件の判決が下された直後、新聞やテレビなどメディアの報道は更に過熱した。 ライト博士は凶悪な犯罪者やテロリストの様に扱われ、ロック達ライトナンバーズのロボット8人はロボット廃棄処理場に移送され、処分実行の時まで封印される事になった。 そしてこの一連の流れが悪魔の思惑通りであり、その悪魔が舌舐めずりし、新たなる危機を引き起こそうと暗躍している事に、誰も気付いてはいなかったのだった。 「う〜ん・・・待て・・・待ってくれえ・・・」 夜の繁華街のとあるバーにて、泥酔してヨレヨレになり、独り言を呟く一人の老人の姿があった。 「親より先に子が逝くなんて・・・そんな親不幸があってたまるかぁ・・・」 ボロボロの汚れた身なりや生気の無いやつれた表情から、この老人がかつては偉大なロボット工学者だったと気付く者がいただろうか。 彼が座っているカウンターのテーブルには、空になった大きめのボトルが転がっている。 「何でもいい。もう一杯くれ」 「お客さん、そろそろお止めになられた方が宜しいのでは・・・」 「・・・うるさいっ!!飲まなきゃやってられんのじゃ!!」 飲み過ぎを心配するバーテンダーを怒鳴り付け、無理やりグラスにブランデーを注がせる老人。 「・・・あの・・・ご家族の方が心配されると思いますよ?お早めに帰られた方が・・・」 「家族・・・?もうおらんよ」 「え?先程、お子さんのお話をされてましたが・・・」 「・・・おったよ。もう手が届かなくなるくらい、みんな遠くに行ってしまうんじゃがね・・・」 怪訝そうに見下ろすバーテンダーの前で、老人は寂しそうに呟きながらグラスの酒を眺める。 「残ったのは・・・何も守れなかった、この無力な老いぼれだけじゃ・・・」 「はあ・・・」 事情がよく掴めないバーテンダーが返事すると、老人は残ったブランデーを一気に飲み干した。 普段は滅多にお酒を飲まない老人が、こんなに泥酔する程に深酒するのは珍しかった。 (・・・もしこの場にロックとロールがおったら・・・きっと怒られとるじゃろうなあ・・・) 半開き目で眠りそうになっている老人を、バーテンダーは困ったと言う表情で見下ろす。 「・・・なあ、あの爺さん・・・Dr.ライトじゃないか?」 「えっ、あの新聞やテレビで騒がれてるロボット工学者の!?」 後ろのテーブル席にいる若い男女の客が、老人を眺めながらヒソヒソと会話する。 「やっぱり・・・間違いない、Dr.ライトだ!・・・いい気なもんだな。あれだけ世間様に迷惑掛けておきながら、酒飲んで酔っ払う余裕があるなんてよ」 「ニュースでやってたわ。この前のロボット暴走事件の責任を負わされて、ロボット工学会を追い出されたって・・・造ったロボットも明日、みんな廃棄処分にされるって話よ」 「それで自棄酒ってか・・・まあ当然だな。自業自得って奴だ・・・大体、俺は始めから、いつかこうなるんじゃないかと思ってたんだ。黙って人間様の命令通りに動いてりゃいいのにさ・・・最近のロボットはいちいち口応えしてくるだろ?そんでもって自分で判断したとか言って、命令した事と全く反対の事をしやがったりな・・・まあその時は、それで結果的には良かったんだけど・・・どうもロボットって奴は可愛げが無いと言うか、信用ならなくてねえ・・・」 「この際だからロボットはみんなスクラップにして、世の中から失くしちゃえばいいのよ!」 「そいつはいい!ロボットがいなくなりゃ、世の中安泰よ!!ワハハハハ・・・」 男性客が愉快そうに笑い声を上げると、老人は話を聞いていたのか突然立ち上がった。 そしておぼつか無い足取りながら、男性客の席の前まで行き、まるで亡霊の様に立ち尽くした。 「な・・・何だよ・・・!?」 「・・・この恩知らずめ・・・ロボットがどれだけ、お前達の生活を支える為に貢献し、犠牲になってきたと思っておるんじゃ・・・!!」 「はあ!?」 勢いに押されて後ずさりする男性客を、老人は物凄い形相で睨み付け、目前まで迫る。 「・・・あの子達はなあ・・・毎日、一生懸命に働いておった!!そして自分達の仕事に誇りを・・・人間の為に尽くす事に生き甲斐を感じておった!!あの子達は幸せに生きておったんじゃ!!それが・・・それがあの男の陰謀に巻き込まれて・・・邪な野望に利用されて!!信じていた人間にも裏切られたんじゃ!!」 「そ・・・それがどうしたってんだ!!」 老人は一方的に男性客を怒鳴ると、両手で相手の胸倉を掴んで持ち上げた。 ガシャーーーン!! 「うぐえっ!」 「きゃあっ!!」 テーブルが倒れてボトルとグラスが落下し、割れたガラスの破片と酒が床に飛び散る。 そして老人に持ち上げられた男性客の横で、連れである女性客が悲鳴を上げた。 「あの子達は脅威でも危険でもない!!ましてや破壊兵器などでは断じてない!!素直で優しくて・・・何よりも大切な、わしの可愛い子供達なんじゃ!!」 「だっ・・・誰もそんな事・・・くっ、苦しい・・・」 「わしを侮辱するのは一向に構わん・・・しかしな!!ロボットを・・・わしの子供達を侮辱する事は絶対に許さん!!」 「たっ・・・助けてっ・・・くれえ・・・」 男性客の胸倉を掴んだまま何度も大きく揺すり、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる老人。 「お、お客さん!店内で騒がれては困ります!!」 「乱暴はいけません!!・・・ダメだ、警察を呼べ!!」 ファンファンファン・・・!! 老人を止める事が出来ないと判断した店員達は、慌てて電話で警察を呼んだ。 そしてパトカーで急行した警察は、老人を引き摺る様に捕まえて連行していったのだった。 「このヨッパライめ。暫くそこで反省していろ!!」 警察に捕まったライト博士は、警察に連行されて留置場に閉じ込められてしまった。 漸く酔いが醒めて我に返ったのか、先程までの威勢が嘘の様に大人しく座り込んでいる。 「・・・ったく・・・あれが『ロボット工学の父』と呼ばれた男のなれの果てか・・・幻滅したよ」 「知ってるんですか?先輩」 「知ってるも何も、俺は昔、ロボット工学者に憧れた事があってな・・・」 若い警官達が話をしながら立ち去ると、ライト博士は自嘲気味に笑って小さく呟いた。 「・・・何が『ロボット工学の父』じゃ。ロボットの信用も守れず・・・子供達を見殺しにした男が・・・おこがましいにも程がある・・・」 胸のポケットから一枚の写真を取り出し、それを呆然と見詰めるライト博士。 自身の誕生日を子供達が全員で祝ってくれた時の物で、誰もが嬉しそうな笑顔で写っている。 人間とロボットが一緒であっても、それはまさしく幸せな家族の姿そのものだった。 だがついこの間まで当たり前だった幸せも、今はもう無い。 ポタッ・・・ポタッ・・・ 「うっ・・・うう・・・」 嗚咽するライト博士の目から大粒の涙がこぼれ、写真に落ちて流れていく。 「・・・ロック・・・ロール・・・カットマン・・・ガッツマン・・・アイスマン・・・ボンバーマン・・・ファイヤーマン・・・エレキマン・・・みんな、すまん・・・この無力で愚かな父を・・・許しておくれ・・・」 子供達の一人一人の名前を呼び、震える声で再び懺悔の言葉を絞り出すライト博士。 ここよりも暗く冷たいロボット廃棄処理場にいる子供達は、今頃は棺桶の様なカプセルの中で何も分からずに眠り続け、処分が実行される時を待っているのだろう。 自分はこんなにも無力な存在なのか、子供達が殺される時を何も出来ずに迎えるしかないのかと思うと、情けなくて悔しくて仕方がなかった。 「・・・わしはロボット工学者としても・・・父親としても失格じゃ・・・」 全てが変わってしまった「あの時」よりも辛い、今まで生きてきて一番辛い夜だった。 そして時計の時刻が残酷にも進み、迎えたくない日を迎えようとしていたその時だった。 『相変わらず女々しい奴じゃのう。随分と良い気分で酔っ払っておったと思ったら、写真を見てめそめそと泣いておるとは・・・』 突然聞こえてきた男の声に驚き、咄嗟に声が聞こえた方に振り向くライト博士。 そして彼が見た物は、可愛らしいと人気の玩具ロボットであるスプリンガーだった。 いつの間にこの部屋に入ったのか、床にちょこんと止まってこちらを見ている。 『男なら泣くな!!泣くのは男の恥!!何があっても涙を見せるな!!・・・な〜んてな』 大人の靴くらいのサイズしかないスプリンガーだが、その口からは男性の大声を響かせる。 どうやらこのスプリンガーは何者かに改造され、声を届ける受信機になっているらしい。 「誰じゃ・・・誰じゃお前は!?」 『・・・誰じゃとは何じゃ!ワシの声を忘れてしまったのか・・・?この薄情者めが』 ライト博士の問い掛けに応答したスプリンガーは、その両目から光線を発した。 そして光線は部屋の壁にスクリーンを造り出し、一人の白衣姿の老人を映し出したのだ。 『フッフフフフフフ・・・久方ぶりじゃなあ、トーマス=ライト君!!』 「お・・・お前は!!」 親しげに挨拶した老人を見て、ライト博士の顔がみるみる強張っていく。 頭頂部が禿げたり髭を生やした等、長い年月を経て多少の風貌は変わったものの、不気味な程に痩せこけた長身、狂気に汚れた冷たくて鋭い眼光、相手を何とも思わない傲慢な態度・・・それらの特徴は昔のまま全く変わっていなかった。 「・・・ワイリー・・・アルバート=W=ワイリー!!」 ライト博士が名前を呼ぶと、スクリーンのDr.ワイリーは嬉しそうに残忍な笑みを浮かべた。 『・・・何じゃ?その目は・・・大学以来の親友との再会じゃぞ。ちっとは嬉しそうにせんかい』 「ワイリー・・・貴様・・・よくも、よくも・・・!!」 握り締めた両拳を震わせ、憎悪の目でDr.ワイリーを睨み付けるライト博士。 家族も名誉も信用も、自分にとって大切な全てを破壊しようとする元凶が目の前にいるのだ。 『クックックッ・・・憎いか?このワシが・・・貴様が我が子の様に可愛がっておったロボット達を暴走させ・・・貴様達の平和な日常をブチ壊し・・・貴様が長年の苦労の末に築き上げた人間とロボットの信頼関係までも破壊した、このワシが憎いか!?』 「当たり前じゃ!!お前のせいで・・・お前のせいであの子達は・・・!!」 『そうかそうか!ワッハッハッハッハッハッ!!人間とロボットの違いはあれど、やはり親子とは似るもんじゃなあ!先の戦いで随分とお世話になった、あの青いロボット・・・あの小僧も全く同じ事を言っておったわ・・・!!ハァ〜ッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!』 ライト博士の気持ちを逆撫でするかの如く、腹を抱えて大声で笑うDr.ワイリー。 だが笑う事を止めた途端、ライト博士を睨み付ける彼の目も憎しみに満ち溢れていた。 『ワシも貴様が憎い!!憎くて憎くて憎くて堪らん!!大学でも学会でも世間でも・・・本来ならワシがトップに君臨していたはずを、貴様は常に邪魔してきたのじゃ!!凡才のくせに良い子ぶって人気取りし・・・天才のワシは万年二位に追いやられた!!この恨みは忘れようにも忘れられん!!・・・そして復讐しようと計画した先のロボット暴走事件・・・それさえも貴様が造ったロボットに邪魔され、失敗に終わった・・・!!貴様はワシにとって最悪の疫病神なのじゃ!!』 「くっ・・・!」 言われ放題のライト博士は唇を咬むも、言い返す言葉が見つからなかった。 かつての親友がこんなにも自分への復讐心に駆られているとも、彼の高過ぎる程のプライドを自分の存在がここまで傷付けていたとも思いもしなかった。 そして何より彼との因縁が長年に渡って歪みに歪み、子供達や人々を巻き込む最悪の結果になってしまった事に、今更ながら気付いてしまったのだ。 『・・・だがしかし!!まさかこんな結末を迎える事になろうとは思いもしなかったぞ!!戦いには負けたが勝負には勝った・・・と言う所かのう!?ハッハッハッハッハッハッハッハッ・・・!!』 「わ・・・わしは何もお前を陥れてやろうなどとは考えておらん!!・・・頼む、ワイリー・・・警察に自首してくれ!!」 『ハッ・・・?』 「・・・お願いじゃ・・・あの子達を・・・わしの子供達を助けてやってくれ!!お前が警察に行って全ての真相を話してくれれば、判決が翻るかもしれんのじゃ!!・・・頼む・・・頼む!!」 愉快そうに笑うDr.ワイリーの映像に向かって、ライト博士は土下座して必死に願い出た。 子供達を助ける為に自らのプライドも憎しみも捨て、何度も額を床に擦り合わせて懇願した。 『・・・嫌じゃ』 だが非情な悪魔は鼻をほじると、いとも簡単にかつての親友の頼みを払い除けた。 「ワイリー!!」 『どうして憎たらしい貴様のロボット共を、ワシが助けてやらねばならんのじゃ?・・・大体、ワシがこうして貴様にアクセスした理由はな・・・貴様のロボット共の死刑判決を、ワシなりに祝ってやろうと考えての事なのじゃ』 「何じゃと!?」 『・・・死刑執行の時は、明日の正午じゃったな・・・今夜は晴天の星空じゃし、前夜祭にはおあつらえ向きじゃろ。日が変わると同時に、どでかい花火を撃ち上げてやるぞ』 映像のDr.ワイリーが左手の時計に目をやると、ライト博士も思わず壁の時計に振り向いた。 時計の時刻は早くも進み、次の日になるまで30秒を切ってしまっている。 『・・・それ、あと10秒・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・』 ドガアアァァァーーーーーーーン!!! ゴゴゴゴゴ・・・!! 都心部の方で突然起きた大爆発は、やや離れた留置場まで大きく揺らした。 「うわあっ!!」 場内は緊急信号が鳴り響いて大騒ぎとなり、ライト博士も震動で立ち上がる事が出来ない。 「こっ・・・この揺れは・・・!ワイリー!!お前は一体・・・何をしたんじゃ!!」 『フッフフフフフフ・・・!!さすがワシの子供達じゃ。時間ピッタリじゃったわい・・・!』 「なっ・・・」 Dr.ワイリーが不気味に笑うと、部屋の前を通った警官達の会話が聞こえてきた。 「何が起きたんだ!?」 「それが・・・都心で正体不明のロボットが何体も現れて・・・街を破壊しているそうです!!」 その会話から事態を察したライト博士は、再びDr.ワイリーを睨み付けて問うた。 「・・・ワイリー・・・お前、まさか・・・!?」 『そのまさかじゃよ、ライト!これがワシからの祝い・・・新しい世界征服計画の始動じゃ!!』 ズドオオオオーーーーーーーーン!!! 再び都心で大爆発が起こり、建物が崩壊し、夜の街は紅蓮の炎に包まれていく。 『・・・“心”無き力に未来は無い・・・かつて貴様はワシにこう言ったな。その教訓は先の戦いにて、貴様のロボットに重々思い知らされたわい・・・だからワシは造った!!先の戦いで得た貴様の工業用ロボット共のデータを元に・・・このワシに絶対の忠誠を誓う“心”を持つロボットを・・・強力な武器を持ち、いかなる戦いにも勝利する最強の戦闘用ロボット軍団をな!!』 燃え上がる炎の中に人影が浮かび、8体の人型戦闘用ロボットがゆっくりと姿を現す。 『貴様とライトナンバーズの未来は潰えた!!貴様達の時代は終わったのじゃ!!これからはこのDr.ワイリーとワイリーナンバーズの時代じゃ!!』 そして8人の悪魔の子が映るモニターを背に、悪魔は堂々と力強く宣言する。 「未来は全て・・・ワシが頂く!!」 |